むりろぐ

そんな日もあるよ

いちばん嫌な日

昨日、父と母が喧嘩した。

母が父の悪口を言っているのは日常茶飯事だが、こうしてわたし(こと娘)の前で喧嘩を始めたのは約10年ぶりだった。

わたしのせいだった。

 

前にも書いた通り、わたしは死にたいと思いながら生きている。

全ての選択は、死ぬか、死なないかから始まる。

死ぬか、死なないか。→死なない

これを踏まえて、例えば進路のことであれば、受験するか、どの学部にするか、どの大学を受けるか、などの選択肢が出てくる。

そういう人だった。

母にはそういう話をよくしていた。父とはあまり話さないから、父は知らない。母が漏らしていない限り。

 

心療内科で、「死にたいと思うに至った嫌なこと」

を聞かれたとき、「幼少期に父と母がわたしの目の前で喧嘩をしたこと」「わたしは生まれない方が良かったのではないか、と思った」と、答えた。

横には母がいて、何を言うでもなく、少し辛そうな顔をして話を聞いていた。

 

喧嘩を止める勇気もなく、きょうだいのいないわたしは自室に閉じこもっていた。AirPodsProのノイズキャンセリングモードは優秀だった。

風呂に入るために洗面所にいたとき、母から扉越しに声をかけられた。

喧嘩してごめんね、どうか死なないで。

何故か涙が出て、上手く返事ができなかった。

いま、わたしが死んだら、この人はどうなるのだろうか。

 

母(わたしにあたる祖母)は、急に倒れて、死んだ。

病院に着いた頃には、意識がなかった。

言葉を交わすことも無く、いつの間にか青白い顔をして、焼かれて、骨になった。

たぶん、自意識過剰かもしれないけれど、胎を痛め、約17年間を捧げて育てたわたしが自分のせいで死ぬのは耐えきれないのだろう。

小学生のときに、母親に言われたことを思い出した。母いわく、もう10年も生きられないそうだ。

もうすぐ10年になる。昔から体調を崩しがちの母は、きっと長生きできない。わたしが30歳になる頃には、きっと死んでいるだろうな、と思った。

 

母が寝たあと、LINEで「あなたが死ぬまではわたしは自殺しないって約束するよ」と、送った。こういうときに対面で言わないのは、わたしが卑怯だからだ。

 

わたしは母のことがとても好きなので、過去に言われた理不尽なことも全部水に流した。

たとえ、いつかまた思い出しても、ベルソムラを飲んで、寝て忘れようと思った。

 

むりこでした。

ありがとうございました。

明日も、できれば頑張ります。